転倒予防のための生活上の工夫と建築上の工夫

倒事故予防のための生活の工夫、あるいは住まいづくりの際の工夫について述べます。

転倒事故は骨折を起こしやすく、骨折による長期臥床は、身体機能を急激に衰えさせることにつながります。ですので、できるかぎり転倒しないように注意することは非常に重要なのですが、わかってはいても、転倒事故は起きてしまうものです。

統計によると、大きな段差がある場所よりは、普段何げに暮らしている居間などでの転倒事故が最も多いという結果が出ています。

転倒を予防するための環境面での工夫としては、できるかぎり床面に、滑ったり躓いたりしそうな無駄なものを置かないことが先決でしょう。新聞紙、日用品、電気のコードなどが日ごろの生活動線の中にないかどうか見直してみましょう。

その上で、住まいづくりをする機会にできることがあるとすれば、できるかぎり段差をなくすこと、大きな段差をできるだけ小さくすること、段差の上がり降りの際に、手すりを設置することを強くお勧めします。階段に手すりを設置することは、平成12年の建築基準法改正で義務化されましたが、それ以前の住宅では必ずしも1階から2階まで連続した手すりが設置されていないケースもあります。住まいづくりの際、階段の手すり設置は必須項目とお考えください。

新・バリアフリー15ヶ条 / 第14条【床】 / 設計提案ポイント4【安心・安全性】 / 転倒防止 / バリアフリーリフォーム (兵庫県O)

調理できる喜びや楽しみをいつまでも

調理できる喜び、楽しみをいつまでも継続するための住まいづくりのポイントについて述べたいと思います。

食べることは、人生の大きな楽しみの一つです。献立を決め、自宅で調理したものを食べていくという日常は、ずっと続けたいものではあります。しかしそれは当たり前のようで、当たり前ではないのかも知れません。調理という行為は、実に多様な動作を求められるのです。食材を冷蔵庫から取り出す、洗う、切る、火にかける、ごみを処理する等、数えればきりがないほどです。

これらをこなすためには、手や指先や腕がある程度しっかり動かないと、なかなか難しいものです(もちろん手が不自由であっても、福祉用具を上手に使いこなしたり、機能訓練を通じて、調理ができるようになるケースも珍しくはありませんが)。ましてや、通常のキッチンは、これらの動作を立って行うことを前提にデザインされています。つまり立った姿勢で調理動作ができなくなる日が来ることが想定されていないのです。

立った姿勢を保てないが手や指はまだまだ動くので、できる限り自分で調理をしたいという願いをお持ちであるとすれば、座った姿勢で調理できるような、少し低めで、調理台の下に膝がはいる形状の流し台であれば、調理を続けられることでしょう。また、流し台だけではく、食器や食材の置き場、冷蔵庫のレイアウトなども、体の機能の変化に対応できるような工夫をしておきたいものです。

新・バリアフリー15ヶ条 / 第7条【キッチン】 / 元気に暮らす (兵庫県O)

1人でも、複数でもくつろげる空間を

間や食堂は、家族、親戚、友人が集い憩える場所としてとても重要です。お茶を飲んだり、食事をしたりしながら、コミュニケーションを保てることは、その人らしく生きていくうえでの大切な要素です。

もちろん、お一人様での生活の仕方、楽しみ方というものも、それはそれで良いものだと思います。しかし、ここでいう「憩う場」とは、人が他者と交流したいと欲した時に、それが自然な形で実現しやすい場所という意味です。雑然と物が散らかっていたり、家具のレイアウトが不適切で窮屈な場所よりは、すっきりと片付いていて、居心地のよいインテリアの工夫がなされている部屋の方が、人はそこに居たいと感じるのではないでしょうか。

新・バリアフリー15ヶ条 / 第6条【居間・食堂】 / 元気に暮らす (兵庫県O)

出かけたくなる家を目指す

「新・バリアフリー15ヶ条:第4条」では、玄関の上がり框(あがりがまち)段差は10cm以下にすることを推奨しています。なぜそれが重要な事であるかについて述べたいと思います。

「ちょっと買い物に出かけたい」「今日は天気が良いので散歩してみようかしら」と思ったとしても、家の出入りで非常に苦労する住まいだとすれば、外出する気持ちが萎えてしまうということもあるかもしれません。体の機能が衰えたり不自由になったとしても、いつでも楽に外出できる環境であれば、外出する頻度が増えることでしょう。その結果、体の機能が保てたり、向上することさえあるのです。外出は、運動になるだけでなく気分転換にもなります。インドア派がいけないということではありません。外に出たい頻度は人それぞれです。ちょっと外に出たいと感じた時、その行為が実現しやすいかどうかがポイントなのです。

上がり框段差の10cm以下が実現すれば、玄関土間の椅子に座って靴を脱いだあと、そのまま玄関に上がれるかもしれません。あるいは、車いすの方にとっても、キャスター(前輪)の上がり降りがしやすい高さでもあります。

ただし、木造住宅では、上がり框の段差を10cm以下にするには、基礎の構造などにそれなりの特殊な工夫が必要ですので、住宅会社さんによっては、対応できないというケースも起こりえます。何が何でもクリアしなければならない基準ではなく、一つの参考アイデアとして捉えてください。

現状復帰を求められる賃貸住宅でも工夫次第で車いすで外出しやすい玄関に

新・バリアフリー15ヶ条 / 第4条【玄関】 / 設計提案ポイント2【人とのつながり】 / 元気に暮らす(兵庫県O)

バリアフリーリフォームには補助や助成制度の活用を

バリアフリーリフォームには費用がかかるものですが、資金面で諦めることはありません。各自治体には補助や助成制度があるのです。内容は自治体によって様々ですので、まずは対象地域の自治体に問い合わせをすることから始めます。

たとえば私の住む市には「住宅リノベーション補助金」があり、中古で購入した住宅の耐震・バリアフリー化などの改修に対して補助しています。

設計提案ポイント1【将来への備え】 / バリアフリーリフォーム (茨城県T)

出かけやすく、訪ねて来やすいアプローチに

「生活」は住まいの中だけにあるわけではありません。近隣の散歩や、ご近所さんとの交流も大切な生活の一部です。いつまでも可能な限り、住み慣れた地域で生活したいと思うのは、だれしも共通の思いではないでしょうか。

新・バリアフリー15ヶ条:第3条」では、住まいを取り巻く近隣とのつながりも大事にしたいとの思いから、道路~ポーチ~玄関までスムーズに移動できること、杖歩行でも車いすであっても出入りできること、同様に友人や知人に障害があっても訪ねて来やすい配慮を提唱しています。

自然石に目詰めをしたアプローチ。リウマチの方には振動への配慮も必要です。

新・バリアフリー15ヶ条 / 第3条【アプローチ】 / 設計提案ポイント2【人とのつながり】 / 元気に暮らす (茨城県T)

バリアフリーリフォームの優先順位は?

フォームは「人」「住まい」ともそれぞれです。予算や状況により必要に応じて少しずつやる場合もあれば、一気にやってしまった方がいい場合もあります。

早めにやっておきたいのは、工事中の生活への影響が大きい「構造やスペースに関すること」、日常生活の確保の観点から「つまずき、転倒のもとになるような段差の解消」「階段のすべり止め設置」「階段の手すり設置」(平成12年に階段の手すり設置が義務化、それ以前は手すりがない家が多い)などです。

玄関、廊下、浴室、トイレ等の手すりは必要になってからでもよいといえますが、必要になってからというのは微妙で、身体に変化を感じ始めたとき、たとえば立ち座りがきつくなったとか転びやすくなったとか、筋力が低下したとかの自覚症状を感じはじめた時には必ず検討したいものです。身体に何の変化がなくても、片方の手に荷物を持っているときの靴の履き替えや、トイレの立ち座り、浴槽の出入りに、手すりをつかみ安定した動作ができるという利点もあります。

脳梗塞などで片麻痺になった場合、麻痺の程度、麻痺の側、使いやすい高さ等、実際に起きてからでないとわからないものは、必要になってからという考え方もあります。

新・バリアフリー15ヶ条 / 第5条【階段】/ 第13条【手すり】/ 対話の心得・第10条【優先順位の見極め】 / バリアフリーリフォーム (茨城県T)

バリアフリーリフォームのタイミングは?

バリアフリーにリフォームする「タイミング」を聞かれることがあります。具体的には、元気なうちから将来を見据えてリフォームした方がいいのか、高齢になるにつれて、自分の体の動きに合わせてリフォームした方がいいのか、オススメのタイミングを教えてほしいというものです。

リフォームは、住まいのこと、家族のこと、資金のこと、工事中の生活のことなど、検討することがたくさんあり、気力、体力、経済力が必要と考えています。その意味でも、将来を考え、見直すタイミングでもある定年前後はよいチャンスと考えています。

とはいっても、実際に身体の機能が低下して介護保険を使うようになれば、介護保険の住宅改修制度を使ってリフォームする方法もあります。定年期に行うバリアフリーリフォームは、医療でいえば、健康維持のための予防。介護保険による住宅改修は、病気の治療に似ているかもしれません。

対話の心得・第10条【優先順位の見極め】 / バリアフリーリフォーム(茨城県T)

バリアフリーリフォームに取り掛かる前に

大規模なリフォームをする場合には、一時的な転居が必要になるかもしれません。工事の内容、規模によってかかる経費も大きく違いますので、専門家(住まいのバリアフリーを手がける建築士など)に相談をします。要介護の方の住まいでしたら、介護保険が定める工事内容について工事費の補助がありますので、市町村や専門家に問い合わせをします。住まいのバリアフリーを手がける建築士に聞いてもわかります。

住まいづくりは専門家とのコミュニケーションがとても大切です。住まい手の要望をしっかり伝えることが、住み続けられる家づくりの第一歩となります。

対話の心得・第1条【対話の機会づくり】 / バリアフリーリフォーム(茨城県T)

転倒したのはどこ?

環境の課題を拾い出す際に、ご本人に住まいの中での転倒経験がある場合には、「転んだ場所はどこですか?」と質問するのは大切なことです。その場所、そして、できれば「いつ?」「何をしようとして?」まで聞き取ることができれば大きなヒントになることがあります。

こんなことがありました。伝統的な日本家屋を増改築されたお家でしたが、まっすぐな動線の廊下で転倒された高齢の方がいらっしゃいました。ご本人、ご家族は気がついていませんでしたが、現地を調べると、その廊下は動線に対して横方向にわずかな傾斜がついていました。数十年前の家屋の増改築の際に外廊下に接続させて増築部分を新設したために、外廊下の雨水勾配が家屋内の動線に残っていたのです。断定はできませんが、若いころは意識せずにバランスをとることができても、高齢になってそれが難しくなり、転倒の原因となった可能性はあります。こうしたことがわかれば、少しでも安全に配慮した対策が立てられます。床を大改造しなくても、たとえば手すり設置だけでも転倒リスクを少なくすることができます。

対話の心得・第4条【暮らしの観察】 / 転倒防止(茨城県O)