自宅のバリアフリー化を考える視点

宅をバリアフリーにしようと考えるとき、年齢、身体の状態、経済状況などにより、「前提として気にかけておくポイントや考慮しておくべきこと」は変わります。たとえば、60歳ぐらいで特に健康上の不安もなく生活している方、70歳を過ぎて少し健康に不安が出てきた方、80歳を過ぎて移動に不便を感じている方、要介護認定を受けている方など、これらはほんの一例ですが、その状況により住まいに必要となるバリアフリーは変わります。バリアフリーにしようと思い立った動機、たとえば「友人・知人・家族・報道によって触発され、我が家を振り返った」場合と、「家族が要介護認定を受けた」場合でも違ってきます。

住まいのバリアがどの程度なのかを知ることが、バリアを無くすポイントですが、住む人の年齢、身体機能等によっては、バリアでなかったり、バリアになったりしますので、バリアを知ることは難しいかもしれません。加齢とともに起きる身体機能の変化に気づかず、ある日突然に転倒したり、あるいは変化に気づいていても、慣れと我慢で使い続けたためにケガをするということがありますので、自らの身体機能の変化を知り、身体を動かし機能を維持する生活に変えていってほしいと思います。また、家族構成の変化も考えておきたい点です。子どもが巣立つとき、いずれは一人になるときまで、結論は出ないかもしれませんが、考えておく良い機会ではないでしょうか。

住まいのバリアフリー化には、今の生活だけでなく、将来の生活を快適に安全にするという目的があります。この将来の生活をどのようにイメージするかは大事な点です。平成24年(団塊世代が60歳を超えた時期)に内閣府が行った調査『団塊世代の意識に関する調査』で「団塊世代の住まいの意向」をたずねたところ、「今住んでいる家に住み続けたい」という回答が8割を超えていました。住み慣れた地域の風景も着慣れた服のように心になじんでいます。そして地域には友人・知人もいますし、「今住んでいる家に住み続けたい」のはそうした意味もあるのではないかと思います。

バリアフリー化を行うとき、バリアの程度によって工事費は変わりますが、一つ考えておいてほしいことは、「高齢になるほどバリアフリー化に必要な費用を出しにくくなる」ということです。自分の寿命と掛けるコストのバランスを考えることもあります。

住まいのバリアフリーは「住み心地の良さ=アメニティ」を求める、つまり生活の負担を無くし、快適な生活を求めていくものといえます。このようなことを前提にバリアフリーを捉えれば、これからの生活をより楽しくするための環境整備と理解していただけると思います。

将来の変化に備え、家具やパーテションや鉢植えの植物で仕切るという選択肢もある。

設計提案ポイント1【将来への備え】 / 新・バリアフリー15ヶ条 / 第6条【居間・食堂】 バリアフリーリフォーム / 元気に暮らす(茨城県T)

玄関土間を広くとり多目的に活用

近頃の新築の住まいでは(余裕があればの話ですが)、玄関スペースを出入り口の空間としてだけではなく、土間を広くとることで、昔の農家の土間のように、様々な用途(庭仕事の準備、外出着の収納、自転車や車椅子の置き場など)に対応する空間とする傾向がみられます。

また、置き場としてだけではなく、広い土間があれば、上がり框(あがりがまち)の段差解消のためにスロープを設けることができたり、高齢者の靴などの履き替えを介助するなどの様々な作業に便利な多目的な空間ともなります。

多目的な玄関へのアプローチ(玄関内部は下の写真を参照)
近くの友人が気軽に集まれる玄関内部。
足元が冷え込む冬場の対策として、床に杉の無垢材を張り、下履きのままで入れるように施工。

新・バリアフリー15ヶ条 / 第4条【玄関】 / 設計提案ポイント2【人とのつながり】 / 元気に暮らす(埼玉県O)

高齢者配慮キッチンとダイニングテーブルの活用

夫婦が年をとってくると、お互いに協力して家事をするようになります。

高齢者対応キッチンは、ニースペース(膝が入るスペース)があるため、腰かけて調理ができるのでとても楽です。また、高さも一般の高さなので、立って調理することももちろんできます。身長差があるご夫婦の場合は、疲れない高さにスリッパやまな板の厚みで調整してもいいですね。

また、ダイニングテーブルは広いので、みんなで調理をするにはとても便利です。パートナーや友達、ヘルパーさんと一緒に話をしながら作る料理は楽しいものです。明るくて人が集まりやすいダイニングキッチンがあると良いですね。

高齢者対応キッチン

新・バリアフリー15ヶ条 / 第7条【キッチン】 / 元気に暮らす (岐阜県S)

玄関の手すりの可能性

上がり框(あがりがまち)の位置に縦手すりが一本あると、小さな子供からお年寄りまでついつい手すりを持っていますね。身体が弱ってくると、さらに縦手すりの前後に横手すりがあると安心です。姿勢を正したり靴を履くときに手でしっかりと持つことができます。その横手すりが玄関の扉の近くまで伸びていると扉の開け閉めが安全にできて、より便利になります。

玄関に手すりを取り付けたことで、今まで宅配便の方が来ても居留守をしていた方が、手すりをもって移動ができるようになり荷物を受け取れるようになった、留守番ができるようになった、と喜ばれた例もありました。

手摺の一例
上がり框に腰かけて靴を履かれる方のための取り付け例
玄関の段に合わせて形状を工夫した例

新・バリアフリー15ヶ条 / 第4条【玄関】 / 第13条【手すり】 / 元気に暮らす(岐阜県S)

調理できる喜びや楽しみをいつまでも

調理できる喜び、楽しみをいつまでも継続するための住まいづくりのポイントについて述べたいと思います。

食べることは、人生の大きな楽しみの一つです。献立を決め、自宅で調理したものを食べていくという日常は、ずっと続けたいものではあります。しかしそれは当たり前のようで、当たり前ではないのかも知れません。調理という行為は、実に多様な動作を求められるのです。食材を冷蔵庫から取り出す、洗う、切る、火にかける、ごみを処理する等、数えればきりがないほどです。

これらをこなすためには、手や指先や腕がある程度しっかり動かないと、なかなか難しいものです(もちろん手が不自由であっても、福祉用具を上手に使いこなしたり、機能訓練を通じて、調理ができるようになるケースも珍しくはありませんが)。ましてや、通常のキッチンは、これらの動作を立って行うことを前提にデザインされています。つまり立った姿勢で調理動作ができなくなる日が来ることが想定されていないのです。

立った姿勢を保てないが手や指はまだまだ動くので、できる限り自分で調理をしたいという願いをお持ちであるとすれば、座った姿勢で調理できるような、少し低めで、調理台の下に膝がはいる形状の流し台であれば、調理を続けられることでしょう。また、流し台だけではく、食器や食材の置き場、冷蔵庫のレイアウトなども、体の機能の変化に対応できるような工夫をしておきたいものです。

新・バリアフリー15ヶ条 / 第7条【キッチン】 / 元気に暮らす (兵庫県O)

1人でも、複数でもくつろげる空間を

間や食堂は、家族、親戚、友人が集い憩える場所としてとても重要です。お茶を飲んだり、食事をしたりしながら、コミュニケーションを保てることは、その人らしく生きていくうえでの大切な要素です。

もちろん、お一人様での生活の仕方、楽しみ方というものも、それはそれで良いものだと思います。しかし、ここでいう「憩う場」とは、人が他者と交流したいと欲した時に、それが自然な形で実現しやすい場所という意味です。雑然と物が散らかっていたり、家具のレイアウトが不適切で窮屈な場所よりは、すっきりと片付いていて、居心地のよいインテリアの工夫がなされている部屋の方が、人はそこに居たいと感じるのではないでしょうか。

新・バリアフリー15ヶ条 / 第6条【居間・食堂】 / 元気に暮らす (兵庫県O)

出かけたくなる家を目指す

「新・バリアフリー15ヶ条:第4条」では、玄関の上がり框(あがりがまち)段差は10cm以下にすることを推奨しています。なぜそれが重要な事であるかについて述べたいと思います。

「ちょっと買い物に出かけたい」「今日は天気が良いので散歩してみようかしら」と思ったとしても、家の出入りで非常に苦労する住まいだとすれば、外出する気持ちが萎えてしまうということもあるかもしれません。体の機能が衰えたり不自由になったとしても、いつでも楽に外出できる環境であれば、外出する頻度が増えることでしょう。その結果、体の機能が保てたり、向上することさえあるのです。外出は、運動になるだけでなく気分転換にもなります。インドア派がいけないということではありません。外に出たい頻度は人それぞれです。ちょっと外に出たいと感じた時、その行為が実現しやすいかどうかがポイントなのです。

上がり框段差の10cm以下が実現すれば、玄関土間の椅子に座って靴を脱いだあと、そのまま玄関に上がれるかもしれません。あるいは、車いすの方にとっても、キャスター(前輪)の上がり降りがしやすい高さでもあります。

ただし、木造住宅では、上がり框の段差を10cm以下にするには、基礎の構造などにそれなりの特殊な工夫が必要ですので、住宅会社さんによっては、対応できないというケースも起こりえます。何が何でもクリアしなければならない基準ではなく、一つの参考アイデアとして捉えてください。

現状復帰を求められる賃貸住宅でも工夫次第で車いすで外出しやすい玄関に

新・バリアフリー15ヶ条 / 第4条【玄関】 / 設計提案ポイント2【人とのつながり】 / 元気に暮らす(兵庫県O)

出かけやすく、訪ねて来やすいアプローチに

「生活」は住まいの中だけにあるわけではありません。近隣の散歩や、ご近所さんとの交流も大切な生活の一部です。いつまでも可能な限り、住み慣れた地域で生活したいと思うのは、だれしも共通の思いではないでしょうか。

新・バリアフリー15ヶ条:第3条」では、住まいを取り巻く近隣とのつながりも大事にしたいとの思いから、道路~ポーチ~玄関までスムーズに移動できること、杖歩行でも車いすであっても出入りできること、同様に友人や知人に障害があっても訪ねて来やすい配慮を提唱しています。

自然石に目詰めをしたアプローチ。リウマチの方には振動への配慮も必要です。

新・バリアフリー15ヶ条 / 第3条【アプローチ】 / 設計提案ポイント2【人とのつながり】 / 元気に暮らす (茨城県T)

どうする?一人暮らし高齢者の「安否確認」

バリアフリー設計と聞くと、必然的に「介護」というキーワードと共に、医療や福祉との連携をイメージされる方が多いようです。特に緊急を要することが多い介護保険を使った住宅改修では、その分野の専門職との連携を図ることが必要不可欠です。

一方で、住まい手の暮らしはより多くの人々との関わりの中でさりげなく支えられていることも忘れないようにしたいと思います。たとえば、一人暮らしの高齢者の方の安否を確認するには、どんな方法があるでしょうか? 参考までにこれまで見聞きしたものを具体的に挙げてみます。

○ 家族の来訪や電話・メール・SNS
○ ヘルパーさんの出入り
○ 毎日の弁当配達
○ 保険や農協の担当者の出入り
○ ご近所さんの日常的な来訪(お菓子や食材のおすそ分け)
○ ご近所さんとの新聞購読のシェア
○ 定期的なデイサービスの送迎
○ 本人の毎日の活動習慣(挨拶、植木に水やり、ウォーキング、犬の散歩、趣味クラブ・ジム・鍼灸など通院や通学、決まったお店での買い物)
○ 町内会やマンション管理組合での役割
○ 友人との交流(街歩きや食事会など)
○ 高齢者見守りサービス(警備駆け付け、ライブカメラ、人感センサー、訪問型)
○ スマホの見守りアプリ など

ほかにもまだいろいろあると思いますが、大切なのは、ご本人が毎日の暮らしの中でどのような方法を望んでいるかという視点です。遠方に住む子どもたちが「24時間心配だから」とセンサーだらけにした家で管理されたら、かえってストレスを感じてしまう親御さんもいらっしゃることでしょう。

住まいの作り手には俯瞰的に様々なネットワークを探ってほしいと思います。案外、離れたご家族とご近所さんが挨拶を交わして連絡先を交換するだけで、自立した生活を支える環境が整うかもしれません。また、視線を遮る塀をなくした庭先での交流が効果的なこともあります。

寂しく不安な「独り暮らし」と、元気で前向きな「一人暮らし」はまったく違う暮らし方です。住まいづくりは、一般的にはこうだからと決めつけることなく、住まい手の個性と取り巻く環境に配慮して、その人らしい暮らしをつくるお手伝いであってほしいと願っています。

対話の心得第8条【多職種等との連携】 / 設計提案ポイント2【人とのつながり】 / 元気に暮らす(埼玉県O)

将来を見据え「さりげなく提案する」

齢だが元気で健康な住まい手に対して、「数年後には車いす生活になっているかもしれません。そうなっても安心なように、住まいをバリアフリー化してしまいましょう」という提案をしたらどうなるでしょう。不快に思われる方が多いのではないでしょうか。「バカにするな!」と激怒されるかもしれません。実際、数年後に車いす生活になったり脳梗塞で片麻痺になったりということは、誰にでも起こりえることです。しかし、だからといってそうなると決めつけて、いま現在の住まいを徹底したバリアフリー仕様にするような提案をすることは、ライフスタイルなどが千差万別である住まい手の個別性をないがしろにする行為であり、拒絶されてしまっても当然といえます。

はじめは、バリアフリー設計の要である余裕のある間取りで設計しつつ、たとえば車いす生活になってもトイレが使えるよう、横の壁を抜いて引き戸にできる、あるいは玄関脇の壁を抜いて段差解消機を導入できるといった、いざという時には簡易な改修で色々な対応できるような設計を「さりげなく提案する」ことが、住まい手の現在と将来を考えた提案といえるでしょう。

車いすになってもトイレ・洗面所・浴室・脱衣所に移動でき、自然の風が通り抜ける空間。

対話の心得・第5条【個別性の理解】 / 元気に暮らす (神奈川県W)