住み慣れた家をベースに設計してみるというアプローチ

0代のご兄弟が3人で住む一戸建ての新築の設計を頼まれました。私はすでに仕事からリタイアしていたため、若い設計者をご紹介しました。その設計者に2年かけて設計をしていただいたのですが、どうしても納得がいかないとの施主さんの依頼で、再度私がバトンを受け取りました。

若手の設計者は何案も新しいアイデアのプランを出していたのですが、私は施主さんが以前住んでいた家の間取りに近い案をお出ししたところ、一発で決定しました。そこから、失った時間を取り戻すために、工務店さんの協力を得て超スピードで完成させました。

高齢のクライアントの場合、新しいアイデアを理解するのはなかなか難しいのではないかと思いました。まずはクライアントが持っている住まいのイメージを聞き出す作業が欠かせません。漠然とではなく、暮らし方に沿って聞き出すと少しずつ思いを共有できるように思います。たとえば道路から玄関に入るところ、玄関でやりたいこと、置きたいもの、など。

これを各生活場面ごとに聞いていくのです。複数の人が一緒に住まう場合は、一人ずつのイメージを聞くようにします。その作業をしていて気がついたのは、結局今まで住んでいた家のイメージでお話しされているということでした。むしろ、不便なこと、改善したいと思っていたことなどを聞いて、その解決策を一つ一つ見つけていくプロセスであるような気がしました。まったく新しいプランを考えるより、住み慣れた家をベースに設計をしてみるというアプローチもあるのではないかと思います。

設計者は何か新しいアイデアを盛り込まないと設計したという気にならないかもしれません。でも、場合によっては住み慣れた住まいの改良版も選択肢の中にあってもよいのではないでしょうか?

対話の心得・第6条【「居場所」の確認】 / プランニング(神奈川県Y)

二世帯住宅のキーパーソンは誰?

個人住宅の新築やリフォームの工事では、当たり前ですが設計者は顧客である「お施主様」のご要望を伺い、資金面や法的な条件などをクリアし、形にして引き渡すまでが仕事と考えるのが一般的です。完成して施主が喜んでくれたら設計者もまた満足することでしょう。

ところで、そうして建てられた家に暮らすのは必ずしも施主本人だけとは限りません。以下は、10年ほど前に、都内某所の築30年超えの私の実家が二世帯住宅に建て替えられたときの例です。

大手ハウスメーカーの設計担当者は、高齢の両親世帯よりも、賃貸マンション住まいから利便性のよい実家への住み替えを望んで“施主(=支払契約者)”となった息子(私の兄)夫婦世帯の顔色をうかがっていました。それを不安に感じたのか、母から頼まれた私(=離れて暮らす施主の妹)が両親世帯の代弁者として打ち合わせの場に同席することになりました。

3階建・完全分離型の二世帯住宅でしたので、両親世帯のオーダーは、①1階と2階の一部分の陽当たりを享受できること、②今は健康だが将来的にも住み続けることを前提に考えてほしいこと、の2つでした。ところが、出来上がってきたファーストプランは満足のいくものではなく、寝室からトイレへ行くのに廊下に出てからリビングを通り抜けなければならない最長ルート。一方で兄夫婦世帯の方は吹き抜けや窓がスタイリッシュにデザインされた提案に満足気です。これは任せておけないと、その後の私は「小うるさい施主の妹」になり、動かせないと言われたトイレへの動線は、寝室側の廊下からも入れるように2つの出入口を設けることで解決してもらいました。

このケースの場合、いわゆる「キーパーソン」は誰だったのでしょう?

高齢夫婦が、離れていた息子から二世帯住宅を建てたいと言われれば嬉しい反面、遠慮も生まれます。初めての共同作業の中で、自分たちが望んでいる暮らし方を上手に伝えられないままに、あれよあれよという間に思い出の詰まった古家は壊され新しい暮らしを強いられるということにもなりかねません。

「対話の心得:第7条」には、「住まい手から聞き取れない経緯や気持ちなどを知っている人がいる場合は、その人からも情報を聞き取る」と書かれています。二世帯住宅なら、住まい手の暮らしも二世帯分。本ケースでは情報を聞き取るべきキーパーソンも複数いて、それは施主本人と施主の妹であったといえるでしょう。

幸い、両親は新居を気に入り80歳を超えた今も夫婦仲良く元気に暮らし続けています。設計者に細かい暮らしの要望を伝えられたことで、伐採せずに残せた記念樹の杏から母がジャムを作ったり、ウッドデッキに七輪を出して父がサンマを焼くこともできます。いざとなったら拡張できるトイレの間仕切壁や、緩やかな段の玄関アプローチなどは、将来の安心感につながっているようです。

また、両親は建て替え時の一時転居の場として、長くスキーや山菜採りで慣れ親しんだ温泉町にアパートを借り、短期間ですが田舎移住の夢を叶えられたと、今なお楽しい思い出になっていることも補足しておきます。

対話の心得第7条【キーパーソンとの連携】 / 元気に暮らす / プランニング(埼玉県O)

ひとりの生活者として認知症の方と向き合う

「認知症」に対しては、「認知症の人は何もわからない・何もできなくなる」といった極端な誤解や偏見、先入観を持たれている人がまだまだ多く見受けられますが、近年は研究も進み、認知症の診断を受けた当事者からの発言も増え、認知症に関する既存の認識・評価は変わりつつあります。

認知症の人の中には、自分の物忘れに気づいて心配をしている人が大勢います。自分の物忘れによって他人に迷惑をかけてしまうことを恐れて、引きこもってしまう人が多いのです。介護者への抵抗や暴言、暴力などについても、必ずあるとは限りませんし、また、ある場合でも、本人がそうしたくなる状況や当然と考えられる理由があることが多いのです。

つまり、認知症の人に行動の変化が生まれるのには、身体や心の変化と環境の間に不具合が生じている可能性があるということを踏まえ、本人が発する情報を(自らの思いを言葉にしにくい人であっても)丁寧に捉えようとする姿勢が求められるといえます。 そして、ご本人には「何に困っているか」を尋ねるだけではなく、「何をやりたいと思っているか」を汲み取ろうとする視点を大事にしてください。

対話の心得・第2条【雰囲気づくり】 / 認知症(東京都N)

小便器まわりの観察

水道の普及により一般住宅でも洋式便器のみの設置とする家庭がほとんどになりましたが、地域で暮らす後期高齢者の方たちのお住まいは、まだ和式便器小便器の両方がある場合が多く、それぞれ個室になっています。そのため、介護保険における住宅改修で最も要望の多い手すり取り付け工事では、どの位置にどのように取り付けるべきかの判断がとても難しいのです。アセスメントで要望を聞きながら探りながら、実際に現場(トイレ)で動作確認をして判断しています。

脳梗塞で片麻痺のある男性(要介護1)は、自立歩行が可能でトイレも小便器を使用していましたが、排尿時に身体を支える手すりがほしいという。この男性が排尿する際に必要な手すりの位置を探るためトイレの調査をしたところ、小便器の上正面壁に黒ずんでいる部分を見つけました。ご本人に動作を行ってもらうと、片麻痺でバランスが取れないうえに片手しか使えないため、自分の身体を支える方法として壁に額をつけていることが確認できました。毎日のことなので、額の汗が壁に染みついて黒ずんだものと思われます。洋式便器もあるのですが、長年の習慣だからか排尿は小便器を使用したいとのことで、同居する息子や孫(男)も一緒に考えた結果、ご本人が手すりに胸を持たれかかれるように、ヨコ手すりを取り付けることにしました。

後日フォローアップで訪問した際の談話として、この手すりを設置したことにより男性がトイレで転倒する心配がなくなり、とても楽になったとご本人・家族ともに好評価でした。

対話の心得・第4条【暮らしの観察】 / 新・バリアフリー15ヶ条 / 第9条【トイレ】 / 転倒防止(秋田県M)

打合せ以外にも対話の機会を

「対話の心得:第1条」の解説に、「ご家族全員が必ずしも同じ考えや希望を持っているとは限りません」とあります。費用の主たる担い手であるご本人が高齢者の親で、同居家族が長男夫婦であるという例で考えてみましょう。

表面化はしていないもののご本人と長男の妻との折り合いが決して良くはなく、家族全体の打合せの場でもやや不穏な空気が感じられる、そんなケースでは、ご本人と同居家族(長男の妻)が牽制し合い、ご本人の要望や意向を聞き出しにくいことが往々にしてあります。

このような場合、長男の妻がいないところでご本人と対話する手段を考えてみましょう。携帯電話やメールで連絡を取ったり、ケアマネジャーなどを介して外で会うのも一つの方法です。
ただし、こうした行動を同居家族に内密にしておくと、知られたときに同居家族の信頼を損なう恐れがありますから、ご本人の立場に十分配慮したうえで、同居家族に知らせる心遣いも大切だといえます。 

対話の心得・第1条【対話の機会づくり】(神奈川県W)

立場の異なる複数の住まい手の存在に留意しましょう

費用の主たる担い手であるご本人のご要望が具体的であればあるほど、同居のご家族の存在を見逃してしまうことがあります。とりわけバリアフリー改修の場合、その特性として、ご本人の利便性だけを追求すると、ご本人以外のご家族にとっては不都合な改修となるケースが生じかねません。特にトイレや浴室など、プライバシーや生活サイクルに大きく関連する空間においては、同居のご家族の使い勝手にも考慮する必要があります。打合せの場に住まい手全員が立ち会うとは限りませんので、立場の異なる複数の住まい手の存在に留意し、その意向を汲み取ることを心がけましょう。

対話の心得・第1条【対話の機会づくり】(神奈川県W)