最善の提案は何かという葛藤

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0歳を過ぎたご夫婦の住まいのリノベーションを依頼された際、奥様が脳梗塞で入院されていることを聞き、リハビリを担当している理学療法士(PT)の方に日常生活動作(ADL)について相談をしました。身体の状況を伺ったところ、右片麻痺だが住宅内では杖歩行で移動でき、ADLはほぼ自立しているとのことでした。

リノベーションとしては、特に夜間でもトイレに行きやすいように和室を洋室(寝室)に変え、押入れスペースをトイレに取り込んで直接出入できるようにし、リビングからも利用できるようにしました。さらに、夜間の利用時に片足でのトイレの立ち座りはL形の手すりにつかまってもかなり厳しいと考え、立ち座りを補助する昇降便座を提案しました。しかし、PTからは「足の筋力が衰えるので、現段階では昇降便座は勧めない」との話があり、設置を見送りました。

設計の立場からすれば、「安全でより楽な方法」を考え提案したのですが、経過を観察しているPTの考えとはまったく違っていたわけです。生活の中でのリハビリによる効果を、ご本人の負担と年齢も考えながら、どう捉え対応するべきか、とても難しいテーマだと思います。

対話の心得・第8条【多職種等との連携】 / 新・バリアフリー15ヶ条 / 第9条【トイレ】 / バリアフリーリフォーム(茨城県T)

トイレの使い方を分析しましょう

イレの計画で知っておきたいポイントを挙げてみます。

洋風便器の座面高さについて

車椅子利用者の水平移乗のための補高便座や幼児用の便座は、よく知られていたり準備もされていることが多いと思いますし、有効に利用されていると思います。しかしながら、高齢で背たけの小さい方など、すなわち座高高が低く、洋便器に座ると足裏が中に浮いてしまう方は、高齢による内臓の働きや、排便に必要な力が弱くなり、排便行為が困難な場合があります。足裏が床につかないと排便の力が十分に発揮できません。和風便器ではこの場合に問題は少ないと思いますが、洋風便器では工夫が必要です。幼児用の足置きで代用できることもありますが、十分に足裏が乗り、力をかけられる高さ(人により異なる)と強度を持った台を用意してあげましょう。内臓に大きな問題がないのに、排便にずいぶん時間がかかる方は一度試してみるとよいと思います。浴室用椅子、低い洗い場用椅子で、試してみてはいかかでしょう(高齢者施設での観察と試用からの経験)。

足裏に十分な力をかけられるように工夫

●住まい手に合う手すりの高さを確認

トイレに「手すり」はもはや常識ですが、設置位置については、まだその設置意図が十分に理解されず、取りつけられている場合があります。特別な理由を除き、便器からの立ち上がりの体重移動の負荷の軽減(主に縦手すり)と、利用時の姿勢保持(主に横手すり)が基本になります。体重移動とは、ここでは体全体の重心位置の移動を指します。高齢になると多少なりともお尻が後ろに出て、顎を前に出すようにして頭部を前に出す姿勢になりがちです。これにより体の重心位置が、中心(頭頂部中心から足裏の土踏まず中央部を通す線)から踵のあたりにずれます(これは研究機関の発表に基づいています)。この変化により、座った状態からの立ち上がりが体を前方へかなり起こさないと難しくなります。また、頭部が前方に出ているため、前後バランスが崩れやすくなっています。従って、座るときは横手すりを握ったり、座面に後ろ手を置いて座る方が出てきます。立ち上がり時には、縦手すりまで手を伸ばし引き寄せるようにして、体重移動を行い、部分的に体重も手すりにかけて、立ち上がり時の負荷を軽減し、立ち上がりを行います。

ゆえに、体と手すりの位置関係は、重要な意味を持ちます。特に縦手すりは、肩に近すぎる(縦手すりを掴んだときに腕、二の腕と脇が重なるような状態)と、役に立たないどころか、立とうした反動で、横へ転倒してしまうかもしれません。最適位置は人によりますが、便器の前(座ったときの体の前)の先端から20cm以上、横手すりは肘下の高さ(床より約60cm程度)としています。間取りよっては、縦手すり位置に、窓があったりして、取り付けられない場合もあります。こうした場合は、目的は体重移動ですから、横手すりを延長して、ななめ上方へ取り付ける等、体を手すりに沿って上方移動できるようにします。また、便器前方25cm程度、床上60cm以下に手すり上部がくるように、可動(上下または水平)式手すりを壁に取り付けたり、据え置き補助手すりを置いたりして、前方に手がかりをつけて、床へ押し付けるようにして立ち上がらせる方法もあります。

洗浄装置付き洋式便座(俗称シャワー便座)のコントロール装置について

新築時、改装時には洋式便器にほぼ100%の採用がある洗浄装置付き便座ですが、コントローラーは座面の横に付いているタイプではなく壁リモコンが望ましいでしょう。コントローラーが座面に付いているタイプだと、片麻痺(体の左右のどちらかに麻痺があること)や車椅子利用者でコントローラー側から移乗する必要のある方(多くの場合、既製品は座った時の右側)、認知症の方(場合による)、体のバランスを崩して前のめりで座面に手をついてしまうことが多い方は、利用できなかったり、誤って座る前に洗浄装置を作動させて、衣服や顔面にシャワーを浴びてしまうことがあるからです。壁リモコンであれば、取り付け位置が自由で、機能制限をして表示も大きい機種を選べるなどのメリットがあります。ただし動作電源の電池切れの心配がありますが、警告表示が出る(音声表示がないのが残念です)ものがほとんどのようです。また最近では、自家発電装置を組み込んで電源不要のものが実用化されています。いずれにしてもコストアップと機種やメーカーに制約がありますが、検討されてもよいかと思います。

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長く使えるトイレ

トイレの出入口は、間取りにより前方からの場合と側方からの場合があります。前方からの場合は介助者が中まで入っていけずに介助がしづらいのですが、側方からのアプローチだと介助者が支えてあげることや排泄の後始末などの介助がしやすくなります。

また扉は、内開きの扉は中で倒れていた場合に救出に困難な場合が多いので、外開き、あるいは引き戸に改修すると安全になります。

狭いトイレで振り向いて行う動作は高齢者には転倒のリスクがあります。できれば壁リモコンで操作ができるとよいでしょう。また手洗い器も便器についているものではなく別であると便利です。手洗い器の水栓もいろいろありますが、レバー式の物が使いやすいでしょう。コンセントを一つ余分につけておけば暖房器具にも対応できます。

排泄はできれば最後まで自立していたいですね。手すりも力が入りやすいところにつけてもらえば身体が動きづらくなっても安心です。元気なうちに準備しておくとよいでしょう。 

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使う人に合わせたトイレの環境づくり 

トイレに男性用の小便器がある場合、出っ張りが少ない小型の小便器を大便器と同じ部屋に設置すると、空間を広く使うことができます。気になるときにはカーテンを使って仕切るといいでしょう。便器との境に取り外しができる手すりを付けると、車椅子になったときには手すりを取り外して大便器に寄り付きがしやすくなります。紙巻き器の取り付けが可能な手すりもあります。

広さを確保して小物収納の棚の上部を手すりと兼ねるように造ると、トイレットペーパーや掃除道具の保管もできて、壁付けの手すりが不要になります。

トイレの壁は柱の見える構造か、大きな力の加わる手すりを支えられる構造の下地にしておくと、後付けの手すり・リフト等が付けやすく、将来的なトイレの自立に役立ちます。

大便器はタンク式の方が停電時や災害時に雨水などでも使うことができます。男性用小便器は壁付きタイプにすると床の掃除が楽ですが、設置を確実にする配慮が必要です。壁排水は洗面台も含めて、車椅子で使う際には、気づかないところで車椅子の一部が当たりやすいので注意します。

便器の両側に手すりを兼ねる造作、奥の角部分は二階の給排水スペース

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いつでも楽に使えるトイレが生活の基本

いつでも楽に使えるトイレが生活の基本であることについて述べます。

トイレが使いにくいので、できるだけ水分を摂るのを我慢しているという方がいらっしゃいます。正確には、トイレが使いにくいのではなく、その方の体の機能とトイレの環境がうまく適合していない状況が起きているといえます。この不適合な状態を解消し、体の機能と環境を一致させることでトイレが快適に使えるようになります。

水分も栄養もしっかり摂らないと健康を維持できません。そのために、いつでも安全で快適に使えるトイレが備わっていることは、自宅の生活を維持するために重要といえるのです。水分を摂るのを無理に控えたり、尿意や便意を、限度を超えて我慢してしまうことは、健康を維持するうえで決して好ましい状況ではありません。

もちろん、排泄は必ずしもトイレで行うとは限りません。ポータブルトイレを活用したり、オムツを適切に使用することなども、排泄の一つの手段ではあります。ただ、できるかぎりトイレを使えるうちは使いたいという誰もが自然に願う気持ちを、できるだけ実現化できるように、夜間も安全に使えるトイレの位置を考えたり、トイレの建具、手すり、便器、手洗いなども適切に選定したいものです。

車いすでの使用にも対応したトイレの一例

新・バリアフリー15ヶ条 / 第9条【トイレ】 / 第12条【車いすスペース】(兵庫県O)

小便器まわりの観察

水道の普及により一般住宅でも洋式便器のみの設置とする家庭がほとんどになりましたが、地域で暮らす後期高齢者の方たちのお住まいは、まだ和式便器小便器の両方がある場合が多く、それぞれ個室になっています。そのため、介護保険における住宅改修で最も要望の多い手すり取り付け工事では、どの位置にどのように取り付けるべきかの判断がとても難しいのです。アセスメントで要望を聞きながら探りながら、実際に現場(トイレ)で動作確認をして判断しています。

脳梗塞で片麻痺のある男性(要介護1)は、自立歩行が可能でトイレも小便器を使用していましたが、排尿時に身体を支える手すりがほしいという。この男性が排尿する際に必要な手すりの位置を探るためトイレの調査をしたところ、小便器の上正面壁に黒ずんでいる部分を見つけました。ご本人に動作を行ってもらうと、片麻痺でバランスが取れないうえに片手しか使えないため、自分の身体を支える方法として壁に額をつけていることが確認できました。毎日のことなので、額の汗が壁に染みついて黒ずんだものと思われます。洋式便器もあるのですが、長年の習慣だからか排尿は小便器を使用したいとのことで、同居する息子や孫(男)も一緒に考えた結果、ご本人が手すりに胸を持たれかかれるように、ヨコ手すりを取り付けることにしました。

後日フォローアップで訪問した際の談話として、この手すりを設置したことにより男性がトイレで転倒する心配がなくなり、とても楽になったとご本人・家族ともに好評価でした。

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