「くつろげる空間」とは?

前、看護師の知人が、高齢者の方は施設入所の引っ越し時などで大事な物を紛失すると、精神的なバランスを崩し、せん妄状態に陥ることが多い、と指摘されていました。

若い人が引っ越しで物を捨てるのは普通ですが、高齢者によってはなんとせん妄に陥る。この事実が意味するところは、高齢者がいかに私物を含む住環境に対して精神的に依存しているかということです。

上記を踏まえると、住環境整備で床段差や温熱環境を改善することは無論大事ですが、それ以上に、『住まい手が健全な精神状態を維持できること』が重要です。具体的には、財布の置き場所を変えない、亡くなったご主人の遺影の位置を変えない、などです。このように住まい手の精神面を重視することにより、「くつろげる空間」を維持できるのです。

対話の心得・第6条【「居場所」の確認】(神奈川県W)

住み慣れた家をベースに設計してみるというアプローチ

0代のご兄弟が3人で住む一戸建ての新築の設計を頼まれました。私はすでに仕事からリタイアしていたため、若い設計者をご紹介しました。その設計者に2年かけて設計をしていただいたのですが、どうしても納得がいかないとの施主さんの依頼で、再度私がバトンを受け取りました。

若手の設計者は何案も新しいアイデアのプランを出していたのですが、私は施主さんが以前住んでいた家の間取りに近い案をお出ししたところ、一発で決定しました。そこから、失った時間を取り戻すために、工務店さんの協力を得て超スピードで完成させました。

高齢のクライアントの場合、新しいアイデアを理解するのはなかなか難しいのではないかと思いました。まずはクライアントが持っている住まいのイメージを聞き出す作業が欠かせません。漠然とではなく、暮らし方に沿って聞き出すと少しずつ思いを共有できるように思います。たとえば道路から玄関に入るところ、玄関でやりたいこと、置きたいもの、など。

これを各生活場面ごとに聞いていくのです。複数の人が一緒に住まう場合は、一人ずつのイメージを聞くようにします。その作業をしていて気がついたのは、結局今まで住んでいた家のイメージでお話しされているということでした。むしろ、不便なこと、改善したいと思っていたことなどを聞いて、その解決策を一つ一つ見つけていくプロセスであるような気がしました。まったく新しいプランを考えるより、住み慣れた家をベースに設計をしてみるというアプローチもあるのではないかと思います。

設計者は何か新しいアイデアを盛り込まないと設計したという気にならないかもしれません。でも、場合によっては住み慣れた住まいの改良版も選択肢の中にあってもよいのではないでしょうか?

対話の心得・第6条【「居場所」の確認】 / プランニング(神奈川県Y)