バリアフリー設計は「過ぎたるは及ばざるが如し」

先順位の見極めについて述べている「対話の心得:第10条」は、個別性の理解について述べている「対話の心得:第5条」と共通しているところがありますが、要は「初めからやり過ぎること」を戒めているものです。「過ぎたるは及ばざるが如し」ということわざがありますが、バリアフリー設計も一緒で、やり過ぎは禁物、バランスよく段階的に整備する方が理に適っています。

大事なことは、その考えを住まい手、ご家族、ケアマネジャー等の関係者と共有する努力を惜しまないことでしょう。その意味で、建築士は孤高の専門家ではなく、調整役を買って出る専門家に徹する方が、むしろうまくいきます。

対話の心得・第10条【優先順位の見極め】(神奈川県W)

住まい手と家の中を廻ることで見えてくる課題

まい手と一緒に家の中を廻り、普段の生活の動きを見せてもらうと、色々と新発見があるものです。たとえば、トイレのドアの開き勝手が進行方向と逆に開くため無駄な動きを強いられている、とか、洗濯物を干しに出るときにベランダとの床段差が高すぎて危険、などです。

このような主訴(住まい手が要望するもの)となる課題以外でも、潜在的なニーズ(住まい手が必要とするもの)である課題が住まいに潜んでいることはよくありますから、住まい手の日常生活全体を想像し、客観的な眼で暮らしの中に隠されている課題を抽出してみましょう。

頚椎損傷の方で、引き戸の手掛けが浅い「船底引手」で戸の開閉が楽ではないことに気づき、余っていたカーテンのタッセルを見つけて取り付けた例。簡単な工夫で解決する課題がある。

対話の心得・第4条【暮らしの観察】(神奈川県W)

住まい手のネットワークから設計提案のヒントを得るために

居の住まい手であっても、一日24時間まったく誰とも関わらないということはなく、なんらかの人づきあいがあるものです。高齢の住まい手であれば家族以外でも、たとえば、かかりつけ病院の主治医や担当のケアマネジャー、お隣さん・ご近所さん、町内会や趣味のサークルの友人・知人などとの人間関係(=ネットワーク)が考えられます。

これらのネットワークを把握することで、住まいづくりの提案に活かせるヒントが見つかるかもしれません。たとえば、主治医やケアマネジャーから、この住まい手には服薬の管理が必要だという情報が得られたならば、内服薬ラックを部屋のどこに置くのかが改修計画の一つのポイントになったりもします。住まい手のネットワークについては、聞けるようであれば、まず住まい手本人に聞いてみましょう。ご本人が一番大切にしている人間関係をうかがうことができるかもしれません。

ネットワークを把握したとしても、そこから住まいづくりに活かせる情報を探ることは、非常に地道な作業です。「対話の心得:第4条 暮らしの観察」が、住まいの中の住まい手の動きにクローズアップするものだとすると、「対話の心得:第8条 多職種等との連携」は、住まい手を広い視野で俯瞰して捉えるものだといえる面があります。

手すりの位置を決めるのにも、住まい手を知る他職種からの意見が参考になるケースは多い。

対話の心得・第8条【多職種等との連携】(神奈川県W)

隠れた要望を引き出すには

住まい手は、常に住まいのことを考えているわけではありませんが、病気やケガなどで体のどこかが悪くなったときに、「ここに手すりがほしい」とか「この床段差を何とかしたい」といった具体的な要望を意識したり自覚しやすくなります。このような、住まい手から発せられた要望に応えることはもちろん必要ですが、一方で、住まい手が意識していない、自覚していない要望を引き出し、それに応えることで、住まい手の生活をより豊かにできる可能性が広がります。

では、隠れた要望をどのように引き出したらいいでしょうか。その一つの方法に「雑談」があります。住まい手の興味や自尊心を刺激するような雑談を交わすなかで、住まい手が何気ない要望を口にする場合があります(その雑談をするうえでは「観察」も大事なポイントなので、第4条もご参照ください)。たとえば、蔵書がたくさんあったり、賞状が飾ってあったりするのを目にしたら、「本がお好きなのですね」とか「すごい趣味をお持ちなんですね」と声を掛けると、実はそれを住まいづくりに取り入れたいという要望が聞き出せるかもしれません。ただし、親近感を出し過ぎて、プライバシーに立ち入ったり政治や宗教の話題に踏み込み過ぎることがないように注意しましょう。

また、認知症の方に対しては、「コミュニケーションが取れないのでは」という思い込みがあるかもしれませんが、認知症の方には、いわゆる建前が無くなって、本音だけが突出している場合が多く、その場合は、ご自分のニーズがはっきりしているともいえますので、先入観を捨ててコミュニケーションを取るようにしてみるといいでしょう。

対話の心得・第2条【雰囲気づくり】(神奈川県W)

住まい手から「身内にも秘密にしてほしい」と言われたら…

住まい手から得た情報を住まい手の許可なく「他者」に漏らしてはならないことは、対話の心得として基本中の基本です。そして、この原則において、「身内」でさえ「他者」に該当する場合が往々にしてあります。よくある例は、『住まい手がこうしたいと思っていることに対し、快く思っていない、または不要だと思っている家族がいる』というケースです。あるいは、『住まい手がこうしたいと思っているのには理由があるが、その理由は家族の誰にも知られたくないので秘密にしてほしいと頼まれる』というケースもあります。

こうしたケースは、その家族が同居であるか別居であるかを問わずよくあり、設計者はまさに板挟みの状況に置かれます。しかし、このような局面でこそ、個人情報を大事にしなくてはなりません。そのうえで、家族が納得できるような提案をできるかどうかで、設計者の力量が問われるといえます。

対話の心得・第9条【個人情報の保護】(神奈川県W)

住まい手には目で見て選んでもらう

『百聞は一見に如かず』ということわざがありますが、耳で説明を何度も聞くより、実際に自分の目で見てみるほうが確かであり、よくわかるものです。

特にキッチンやユニットバスといった住宅設備機器は、カタログで見ていただくのは当然として、可能であればショールームへご案内して、住まい手に実物を確かめてもらうのが望ましいです。

住まい手に『自分が目で見て選んだ』という満足感を感じていただくプロセスは非常に大事なもので、そのうえで専門職から的確なアドバイスをするというのが理想的でしょう。

対話の心得・第3条【わかりやすい言葉づかい】(神奈川県W)

最善の提案は何かという葛藤

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0歳を過ぎたご夫婦の住まいのリノベーションを依頼された際、奥様が脳梗塞で入院されていることを聞き、リハビリを担当している理学療法士(PT)の方に日常生活動作(ADL)について相談をしました。身体の状況を伺ったところ、右片麻痺だが住宅内では杖歩行で移動でき、ADLはほぼ自立しているとのことでした。

リノベーションとしては、特に夜間でもトイレに行きやすいように和室を洋室(寝室)に変え、押入れスペースをトイレに取り込んで直接出入できるようにし、リビングからも利用できるようにしました。さらに、夜間の利用時に片足でのトイレの立ち座りはL形の手すりにつかまってもかなり厳しいと考え、立ち座りを補助する昇降便座を提案しました。しかし、PTからは「足の筋力が衰えるので、現段階では昇降便座は勧めない」との話があり、設置を見送りました。

設計の立場からすれば、「安全でより楽な方法」を考え提案したのですが、経過を観察しているPTの考えとはまったく違っていたわけです。生活の中でのリハビリによる効果を、ご本人の負担と年齢も考えながら、どう捉え対応するべきか、とても難しいテーマだと思います。

対話の心得・第8条【多職種等との連携】 / 新・バリアフリー15ヶ条 / 第9条【トイレ】 / バリアフリーリフォーム(茨城県T)

バリアフリーリフォームの優先順位は?

フォームは「人」「住まい」ともそれぞれです。予算や状況により必要に応じて少しずつやる場合もあれば、一気にやってしまった方がいい場合もあります。

早めにやっておきたいのは、工事中の生活への影響が大きい「構造やスペースに関すること」、日常生活の確保の観点から「つまずき、転倒のもとになるような段差の解消」「階段のすべり止め設置」「階段の手すり設置」(平成12年に階段の手すり設置が義務化、それ以前は手すりがない家が多い)などです。

玄関、廊下、浴室、トイレ等の手すりは必要になってからでもよいといえますが、必要になってからというのは微妙で、身体に変化を感じ始めたとき、たとえば立ち座りがきつくなったとか転びやすくなったとか、筋力が低下したとかの自覚症状を感じはじめた時には必ず検討したいものです。身体に何の変化がなくても、片方の手に荷物を持っているときの靴の履き替えや、トイレの立ち座り、浴槽の出入りに、手すりをつかみ安定した動作ができるという利点もあります。

脳梗塞などで片麻痺になった場合、麻痺の程度、麻痺の側、使いやすい高さ等、実際に起きてからでないとわからないものは、必要になってからという考え方もあります。

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バリアフリーリフォームのタイミングは?

バリアフリーにリフォームする「タイミング」を聞かれることがあります。具体的には、元気なうちから将来を見据えてリフォームした方がいいのか、高齢になるにつれて、自分の体の動きに合わせてリフォームした方がいいのか、オススメのタイミングを教えてほしいというものです。

リフォームは、住まいのこと、家族のこと、資金のこと、工事中の生活のことなど、検討することがたくさんあり、気力、体力、経済力が必要と考えています。その意味でも、将来を考え、見直すタイミングでもある定年前後はよいチャンスと考えています。

とはいっても、実際に身体の機能が低下して介護保険を使うようになれば、介護保険の住宅改修制度を使ってリフォームする方法もあります。定年期に行うバリアフリーリフォームは、医療でいえば、健康維持のための予防。介護保険による住宅改修は、病気の治療に似ているかもしれません。

対話の心得・第10条【優先順位の見極め】 / バリアフリーリフォーム(茨城県T)

バリアフリーリフォームに取り掛かる前に

大規模なリフォームをする場合には、一時的な転居が必要になるかもしれません。工事の内容、規模によってかかる経費も大きく違いますので、専門家(住まいのバリアフリーを手がける建築士など)に相談をします。要介護の方の住まいでしたら、介護保険が定める工事内容について工事費の補助がありますので、市町村や専門家に問い合わせをします。住まいのバリアフリーを手がける建築士に聞いてもわかります。

住まいづくりは専門家とのコミュニケーションがとても大切です。住まい手の要望をしっかり伝えることが、住み続けられる家づくりの第一歩となります。

対話の心得・第1条【対話の機会づくり】 / バリアフリーリフォーム(茨城県T)