隠れた要望を引き出すには

住まい手は、常に住まいのことを考えているわけではありませんが、病気やケガなどで体のどこかが悪くなったときに、「ここに手すりがほしい」とか「この床段差を何とかしたい」といった具体的な要望を意識したり自覚しやすくなります。このような、住まい手から発せられた要望に応えることはもちろん必要ですが、一方で、住まい手が意識していない、自覚していない要望を引き出し、それに応えることで、住まい手の生活をより豊かにできる可能性が広がります。

では、隠れた要望をどのように引き出したらいいでしょうか。その一つの方法に「雑談」があります。住まい手の興味や自尊心を刺激するような雑談を交わすなかで、住まい手が何気ない要望を口にする場合があります(その雑談をするうえでは「観察」も大事なポイントなので、第4条もご参照ください)。たとえば、蔵書がたくさんあったり、賞状が飾ってあったりするのを目にしたら、「本がお好きなのですね」とか「すごい趣味をお持ちなんですね」と声を掛けると、実はそれを住まいづくりに取り入れたいという要望が聞き出せるかもしれません。ただし、親近感を出し過ぎて、プライバシーに立ち入ったり政治や宗教の話題に踏み込み過ぎることがないように注意しましょう。

また、認知症の方に対しては、「コミュニケーションが取れないのでは」という思い込みがあるかもしれませんが、認知症の方には、いわゆる建前が無くなって、本音だけが突出している場合が多く、その場合は、ご自分のニーズがはっきりしているともいえますので、先入観を捨ててコミュニケーションを取るようにしてみるといいでしょう。

対話の心得・第2条【雰囲気づくり】(神奈川県W)

知識と経験と想像力と

住住まい手にとって、住まいづくりの希望をきちんと作り手(建築士)に伝えることはなかなか難しいことかもしれません。どこかの家を見ていいなと感じたり、住まいについて困っていたりすれば、それを作り手に伝えることはできます。しかし、将来の生活、心身、住まい、経済等については、住まい手が自ら考えていなければ伝えることはできません。

そこで作り手は、家族の人数や年齢、家庭経済なども考慮に入れながら、現在から将来にわたるステージを想像してもらい、今やっておいた方が良いことや、将来の適時に行いたいことなどの計画を立てることを住まい手に勧めます。その際、作り手は、実際の例を挙げながら、住まい手が将来にわたってより安心して生活ができるような提案をすることが望ましいでしょう。

もちろん、住まい手にどのような提案ができるかは、作り手の知識、経験、そしてそこから生まれる想像力などによって大きく異なります。作り手自身が、常に知識を蓄え、たくさんの経験を積み、豊かな想像力を備えた人間に成長をしていくことが求められます。

対話の心得・第2条【雰囲気づくり】(茨城県T)

ひとりの生活者として認知症の方と向き合う

「認知症」に対しては、「認知症の人は何もわからない・何もできなくなる」といった極端な誤解や偏見、先入観を持たれている人がまだまだ多く見受けられますが、近年は研究も進み、認知症の診断を受けた当事者からの発言も増え、認知症に関する既存の認識・評価は変わりつつあります。

認知症の人の中には、自分の物忘れに気づいて心配をしている人が大勢います。自分の物忘れによって他人に迷惑をかけてしまうことを恐れて、引きこもってしまう人が多いのです。介護者への抵抗や暴言、暴力などについても、必ずあるとは限りませんし、また、ある場合でも、本人がそうしたくなる状況や当然と考えられる理由があることが多いのです。

つまり、認知症の人に行動の変化が生まれるのには、身体や心の変化と環境の間に不具合が生じている可能性があるということを踏まえ、本人が発する情報を(自らの思いを言葉にしにくい人であっても)丁寧に捉えようとする姿勢が求められるといえます。 そして、ご本人には「何に困っているか」を尋ねるだけではなく、「何をやりたいと思っているか」を汲み取ろうとする視点を大事にしてください。

対話の心得・第2条【雰囲気づくり】 / 認知症(東京都N)