「キーパーソン」を見極める

住まいづくりにおいて、住まい手の要望や意向、ニーズなどに応えていくことが当然ですが、住まい手以外に、プランニングを進めるうえで重要な役割を担ったり、設計の決定に大きな影響をもつ人物が存在することがあります。こうした人物のことを「キーパーソン」と呼ぶことがあります。

一般に、費用を支払う人がキーパーソンであることが多く(もちろん費用を支払う住まい手本人がキーパーソンであることが一番多いでしょう)、この場合、キーパーソンが納得することで住まいづくりが進みますので、キーパーソンの理解を得ることが重要であることは言うまでもありません。

費用は同居の家族が担うが、プランニング上で特に配慮を要する住まい手(高齢者や障害者)がキーパーソンになるケースも多くあります。この場合は、キーパーソンである住まい手の要望等を、費用を担う家族に理解してもらうことが重要になります。

住まい手に対して発言力が強い、遠方に住む親族であるとか、別居している息子であるとか、あるいはその配偶者などがキーパーソンである場合もあります。また、家族以外でも、住まい手の生活や心身の状況をよく知るケアマネジャーや医療・福祉関係者などがキーパーソンとして重要な情報を与えてくれることもあります。

このように、ひと口に「キーパーソン」と言っても、良きにつけ悪しきにつけ、キーパーソンが存在する状況は実にさまざまです。キーパーソンは、住まい手本人から聞けないような事情を知っていることもありますので、誰がキーパーソンなのか(1人とも限りません)見極めることが求められます。そして、住まい手とキーパーソの関係性に留意しながら、キーパーソンの話ばかり聞いて住まい手の思いをないがしろにしてしまうことがないように注意することがきわめて重要です。

対話の心得・第7条【キーパーソンとの連携】(神奈川県W)

二世帯住宅のキーパーソンは誰?

個人住宅の新築やリフォームの工事では、当たり前ですが設計者は顧客である「お施主様」のご要望を伺い、資金面や法的な条件などをクリアし、形にして引き渡すまでが仕事と考えるのが一般的です。完成して施主が喜んでくれたら設計者もまた満足することでしょう。

ところで、そうして建てられた家に暮らすのは必ずしも施主本人だけとは限りません。以下は、10年ほど前に、都内某所の築30年超えの私の実家が二世帯住宅に建て替えられたときの例です。

大手ハウスメーカーの設計担当者は、高齢の両親世帯よりも、賃貸マンション住まいから利便性のよい実家への住み替えを望んで“施主(=支払契約者)”となった息子(私の兄)夫婦世帯の顔色をうかがっていました。それを不安に感じたのか、母から頼まれた私(=離れて暮らす施主の妹)が両親世帯の代弁者として打ち合わせの場に同席することになりました。

3階建・完全分離型の二世帯住宅でしたので、両親世帯のオーダーは、①1階と2階の一部分の陽当たりを享受できること、②今は健康だが将来的にも住み続けることを前提に考えてほしいこと、の2つでした。ところが、出来上がってきたファーストプランは満足のいくものではなく、寝室からトイレへ行くのに廊下に出てからリビングを通り抜けなければならない最長ルート。一方で兄夫婦世帯の方は吹き抜けや窓がスタイリッシュにデザインされた提案に満足気です。これは任せておけないと、その後の私は「小うるさい施主の妹」になり、動かせないと言われたトイレへの動線は、寝室側の廊下からも入れるように2つの出入口を設けることで解決してもらいました。

このケースの場合、いわゆる「キーパーソン」は誰だったのでしょう?

高齢夫婦が、離れていた息子から二世帯住宅を建てたいと言われれば嬉しい反面、遠慮も生まれます。初めての共同作業の中で、自分たちが望んでいる暮らし方を上手に伝えられないままに、あれよあれよという間に思い出の詰まった古家は壊され新しい暮らしを強いられるということにもなりかねません。

「対話の心得:第7条」には、「住まい手から聞き取れない経緯や気持ちなどを知っている人がいる場合は、その人からも情報を聞き取る」と書かれています。二世帯住宅なら、住まい手の暮らしも二世帯分。本ケースでは情報を聞き取るべきキーパーソンも複数いて、それは施主本人と施主の妹であったといえるでしょう。

幸い、両親は新居を気に入り80歳を超えた今も夫婦仲良く元気に暮らし続けています。設計者に細かい暮らしの要望を伝えられたことで、伐採せずに残せた記念樹の杏から母がジャムを作ったり、ウッドデッキに七輪を出して父がサンマを焼くこともできます。いざとなったら拡張できるトイレの間仕切壁や、緩やかな段の玄関アプローチなどは、将来の安心感につながっているようです。

また、両親は建て替え時の一時転居の場として、長くスキーや山菜採りで慣れ親しんだ温泉町にアパートを借り、短期間ですが田舎移住の夢を叶えられたと、今なお楽しい思い出になっていることも補足しておきます。

対話の心得第7条【キーパーソンとの連携】 / 元気に暮らす / プランニング(埼玉県O)